青山友紀
ありがとうございます
ブログを読んでくださっている皆様へ
2025年3月31日、本日をもって山形放送を退社いたします。
間もなく使えなくなる会社のデスクで、これを打っています。
26年前、父の小さなセダンの後部座席いっぱいに荷物を詰めて山形に来た日が、本当につい昨日のことのようです。
入社当時、なぜか毎日お腹をこわしていました。水質の悪い土地で生まれ育ち、その水に慣れきっていた私にとって山形の水はあまりに清らかで体が驚いたのかも。半年も経つとおさまりましたが、今思えば体の中の『みず』が入れ替わっていたんでしょうね。山形の水と空気、食べ物で本当に健やかになりました。ありがとうございます。
思い出はもうここに書ききれないほどあります。26年の思い出は、出来事そのものというよりは誰かとの出会い、そこでいただいた言葉です。
ピヨ卵の最後の挨拶でも少し話しましたように、私たちの仕事は喋る以前にその何倍も人の話を聴きます。入社して10年くらい経った頃に気づきました。
そして今、アナウンサーは『つなぐ』仕事だと思っています。
みてくださる、きいてくださる方へ、わたしたちの扱う情報をきちんと届けるために心と言葉を尽くす。それが、人と人、人と何かをつなぐことになると信じてやってきました。
お話を聞かせてくださった皆さま、言葉と時間を分けていただいたことに感謝します。ありがとうございました。
【どこに住むかではなく、誰とどうやって住むか】
15年前、断酒会の取材である女性からいただいた言葉です。
どこにいても、癒し、励まし、鼓舞する言葉との出会いを求めて暮らしていきたいと思います。
そして、それを誰かに届けることも続けていけたら…と思っています。
山形が好きです。
みなさま、どうかお元気でお過ごしください。
